大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2814号 判決 1969年11月27日
原告 黒江万知子
右訴訟代理人弁護士 石川元也
同 鈴木康隆
被告 大阪府
右代表者知事 左藤義詮
<ほか一名>
右被告両名訴訟代理人弁護士 俵正市
同 重宗次郎
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
被告等は原告に対し連帯して金一、四五四万九、八四一円及びこれに対する昭和四〇年八月一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
(被告等)
主文と同旨の判決。
第二主張
(原告)
請求原因
一、大阪府堺市浜寺公園内所在の浜寺公園遊泳場は、被告大阪府(以下被告府という。)が設置して所有しており、被告財団法人大阪府公園協会(以下被告公園協会という。)がこれを管理している。
二、原告は昭和四〇年七月三一日午後六時三〇分頃、友人と浜寺公園遊泳場に入場し、しばらくの間同遊泳場内のブロック二号プールで泳いだ後、同七時三〇分頃同四号プール(以下本件プールという。)へ移動し、同プールで泳ぎ出した。そして、同プールの最も右端のスタート台から飛込んだところ、プールの底部に頭を打ちつけ、その結果第七頸椎骨折(脊椎安全損傷)の重傷を負い第三肋骨以下完全麻痺、膀胱、直腸麻痺をきたし下半身不随になった。
三、原告の本件受傷は、つぎのとおり、すべて被告府の本件プールの設置における瑕疵および被告公園協会の本件プールの管理上の瑕疵に基因する。
(一) 被告府の本件プール設置上の瑕疵
本件事故が発生した昭和四〇年七月三一日当時の本件プールには、水深がわずか一メートルにも満たないにもかかわらずスタート台が設置してあり、右スタート台よりプールに飛込んだ場合にはプール底部に頭をぶつけ、その結果本件事故が発生する危険が存することは極めて明白であった。(ちなみに、スタート台は本件事故後撤去された。)
本件プールが日本水泳連盟競技規定競泳規則等の基準に合致しその要件を充足していたとしても、右基準自体が不備なものである上、右基準は、プールが競技用として使用できるか否かを設置基準の中心としており、水泳の熟練者を対象としているのに対し、本件プールは一般市民のレクリエーションの場として設置されたもので数多くの未熟者が利用することが前提となっているのであるから、右基準に合致しているからといって本件プールの設置に瑕疵がないとはいえない。
従って、本件事故は被告府の本件プール設置の瑕疵に基因する。
(二) 被告公園協会の本件プール管理上の瑕疵
(1) 被告公園協会は、被告府より委任を受けて利用者から金一〇〇円の入場料をとって本件プールを含めた浜寺公園遊泳場全体を管理している。
(2) 被告公園協会は、本件プールスタート台から飛込んだ場合には本件事故が発生する危険が多いことを十分知っていたのであるから、プール利用者に対し、事故の発生を防止するため種々の適切な指示指導を行って本件プールを管理すべき義務がある。
しかるに、本件事故当時本件プールには「飛込禁止」の標識、及び「児童用」の標識も設置されておらず、原告が本件プールを利用している間を通じて唯の一度も、「本件プールが危険である。」旨の注意はなされなかった。(ちなみに、被告公園協会は本件事故後スタート台を撤去するとともに本件プール周辺に「飛込禁止」の標識を設置した。)
(3) 仮に、被告公園協会が事故当日「多数の飛込禁止」、「飛込注意」の立看板を立て、かつ、学生アルバイトを使って飛込みの看視をさせ、あるいは飛込注意の場内アナウンスをしていたとしても、その日浜寺プールには大勢の人が入場していたので、右立看板はそれほど人の注意を喚起する効果を発揮せず、学生アルバイトは場内整理に手一杯でプール飛込みの看視にまで到底注意が行き届かず、場内アナウンスも入場者の耳に達するのが不可能な状態にあったのであるから、被告公園協会としてはプールの危険を周知徹底させるためもっと十分な措置を講ずべきであり、右程度の措置をとっていたからといって本件プールを十分に管理していたとはいえない。
(4) 従って、本件事故は被告公園協会の本件プール管理の瑕疵に基因する。
四、原告の損害 合計金一、四五四万九、八四一円
≪費用内訳省略≫
(被告)
答弁
一、請求原因一の事実は認める。
二、同二の事実中、原告が昭和四〇年七月三一日浜寺遊泳場に入場したことは認め、その余の事実は不知。
三、同三(一)の事実中、本件事故当時本件プールにはスタート台が設置されていたが、事故後に撤去されたことは認め、その余の事実は否認する。
本件プールは昭和三八年七月九日に完成したもので、その形状は、長さ二五メートル、巾一四・八メートルで六コース(コース巾二・三メートル)、水深は最浅部一メートル最深部一・三メートル、スタート台は水面より高さ〇・三五メートル、巾〇・四メートル、同台表面は人造石洗出し、プール正面壁は人造石研出し、側面壁及び水底面は白色セメントモルタルであって、本件事故当時及び現行の日本水泳連盟規定競泳規則、同規定附則プール公認規則に適合しており、一般遊泳プールとしても、競泳プールとしても、本来備えるべき設備をすべて完備し、安全性において何ら欠くところのないプールであった。
本件事故は、プール壁面に沿ってほぼ垂直下に水面に突込むような姿勢で飛び込んだ原告の一方的過失によるものである。
四、同三(二)(1)の事実は認める。
五、同三(二)(2)の事実中、被告公園協会が
本件事故後本件プールのスタート台を撤去したことは認め、その余の事実は否認する。
被告公園協会は、事故発生防止のため次のとおり万全の措置をとっていた。すなわち、被告公園協会は、本件事故当時本件プールの周辺に「飛込み危険注意」の標識及び「水深一メートル、一・三メートル」の標識を設置し、絶えず園内放送で「飛込みをしないように。」と放送していた。
また、スタート台の撤去は事故発生の前年からの被告公園協会の方針を実施したまでのことで本件事故とは何の関係もない。
六、同三(二)(3)の事実は否認する。
七、同四の事実はすべて不知。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一、浜寺公園遊泳場は被告府が設置して所有しており、被告公園協会がこれを管理していること、本件プールには本件事故当時スタート台が設置されていたが事故後に被告公園協会により撤去されたことは当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。
原告は、昭和四〇年七月三一日当時大阪府堺市の阪南病院に看護婦として勤務していたが、同日午後六時過ぎ頃同僚の訴外杉本操子とともに浜寺公園遊泳場に入場し、まずBブロック二号プールにおいてしばらくの間泳いだりスタート台から飛込む練習をしたりした後本件プールへ移り、同プール北西隅にあるスタート台(以下本件スタート台という。)から四、五回飛込んだ後更に同スタート台からプールに飛込んだ際、頭部を同プール底部に激突させ、第七頸椎骨折(脊髄完全損傷)の重傷を負い、第三肋骨以下完全麻痺、膀胱直腸麻痺をきたし下半身不随になった。
以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。
三、そこで右事故が本件プールの設置の瑕疵に基因するかどうかについて判断する。
(一) 本件プールには事故当時スタート台が設置されていたが、事故後に被告公園協会により撤去されたことは当事者間に争いはなく、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時における本件プールの形状は長さ二五メートル、巾一四・八メートルで六コース(コース巾二・三メートル)、水深は最浅部(スタート台直下)一メートル、最深部(プール中央部)、一・三メートル、スタート台直下の水位は通常約九〇センチメートルでプール底部はスタート台直下から中央部にかけてなだらかに傾斜しており、各コースの両端には一個づつ、合計一二個のスタート台が設置されていたが、右スタート台は水面よりの高さが〇・三五メートルであり、もし遊泳者が台上からプール底部に向って垂直に飛込んだり、回転して飛込む等通常予想もされない特殊な飛込み方をする場合にはプール底部に頭を激突させる可能性もあったことが認められる。
(二)、しかしながら、本件プールの設置に瑕疵があるかどうかを判断するにあたっては、プールの通常の使用方法を前提として判断すべきものであり、≪証拠省略≫によれば、本件プールは公認の水泳競技用プールとして使用する目的で、日本水泳連盟競技規定競泳規則同付則プール公認規則に定める基準に合致するよう設計されているが、水泳熟練者ばかりでなく、一般市民においても、プールを遊泳のために利用する者として通常の飛込方法に従ってスタート台から飛込む限り、プール底部に頭を激突させるような危険性は全くなく、従って同プールは競泳用のプールとしてばかりでなく、一般遊泳用のプールとしても通常備えるべき安全性を具備しており、本件事故の発生は、事故に至った飛込をなす以前に四・五回本件スタート台から飛込んでプールの深さその他の状況を知りながら、なおプール底部に向ってほぼ垂直に飛込んだ原告の一方的な過失に基因するものと認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(三) 従って、以上の事実に照らすと、もしもスタート台からわざわざ特殊な飛込み方をする場合には頭をプール底部に激突させる可能性があるからといって、本件プールの設置に瑕疵があったと認めることはできないし、また、スタート台が本件事故後に被告公園協会により撤去された事実から、本件プールの設置に瑕疵があったとすることもできない。
他に右事実を認めるに足る証拠はない。
四、原告は、「被告公園協会は、本件プールのスタート台から飛込めば原告のような事故が発生する危険性が多いことを十分知りながら、事故発生を未然に防止するため適切な指示、指導を行なわかったから、本件プールの管理に瑕疵がある。」旨主張している。
しかしながら、本件プールは、通常の飛込方法に従ってスタート台から飛込みをなす限り、プールの底部に頭を激突させる危険性のなかったことは前示認定のとおりであるから、プールが混雑している場合には、被告公園協会は、スタート台から飛込む者が水中にいる者に衝突しないように注意、指導し、あるいはプールサイドを走って来た勢いでプールに飛込む者がないよう注意する等の措置をとる義務はあるとしても(この点については、≪証拠省略≫によれば、被告公園協会では本件事故当時本件プールを含む七面のプールについて、「場内で走らぬように」「飛込み危険・注意」の標識合計約四〇本を随所に立てて利用者の注意を喚起すると共に、場内アナウンスによって平均五分間の間隔で、「場内では走らぬように」「プールには飛込まないように」「プールに入るには深さを確めて入るように」という注意放送をしており、さらに平日には一五人位、日曜日には三〇人位の監視員を配置して利用者に対し右のような注意を促していたことが認められるから、この点に過失のかどは認められない。)スタート台から飛込む者が通常予想もされない特殊な姿勢や方法でプールに飛込み底部に頭を激突させることがないよう注意、指導する義務まではないと考えるのが相当である。
従って、右義務あることを前提とする原告の主張は主張自体失当というべきである。
五、以上の次第であるから、その余の事実につき判断するまでもなく原告の請求はすべて失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上三郎 裁判官 藤井俊彦 小杉丈夫)